NONOTABI

FRIENDSHIP FARM #7
NONOTABI / 鹿児島県南九州市

1800年代から今も変わらずフランスを拠点に、農家のための長靴を生産し続けている「AIGLE」が”SOIL=TOI”(土とあなた)という理念のもと、国内の“土”と共に生きる様々なスタイルをもった農家の方々を紹介します。大地と共に生きる、地球人として自然と共生する、そんな大きなテーマを考えるときのヒントやきっかけがそこにはあります。

NONOTABIは、鹿児島県南九州市川辺町高田で、野菜とお米を栽培する坂本ご夫妻が営む有機農家。鹿児島の中でも南部に位置するこの地域は、これぞ日本の田舎の原風景というような風光明媚な田園風景が広がる。もともとアパレル業界で働いていた純崇さんと、鹿児島出身の知佳さん、それに小学生の息子さんの3人家族。

今の世の中は、どうしても「お金をどれだけ稼げるか」で評価されがちだけど、川辺町の高田で、お金を稼ぐことよりも、家族との暮らし、高田の人たちとの“務め”を大切にしながら、毎日を丁寧に過ごすストーリー。

アパレル業界から農業の世界へ

(夫)昔は東京でニットのOEMの会社にいて、上海でも同じ業界で働いていました。アパレルを辞めたあと、中国語ができる人を探しているってことで、東京で知り合った鹿児島出身の友人に誘われて、陶器の会社に入ったんです。その会社が特殊な農業資材も扱っていて、それを農家さんに使ってもらって、その野菜を買い取らせてもらって、飲食店に卸すっていうことをしていました。で、その時に妻と出会いました。

子どもたちに残せる仕事を

(妻)3.11のあと、いろいろ考えたんです。子どもに胸張って「こういう仕事しているよ」って言えるような、何かを残せる仕事がしたいなって。それで始めたのが、自然農での野菜づくり。当時は仕事しながら小さな畑を借りてやっていました。

(夫)畑を貸してくれてたおじいちゃんが色々あってズッキーニを育ててたんですけど、当時(12年前)は鹿児島じゃほとんど知ってる人がいなかったんです。で、当時の事業とは別で、個人的にフレンチやイタリアンのシェフにお願いして、その中の一人が「君が育てた野菜なら、僕が全部買い取るよ」って言ってくれて。それが農業を始めるきっかけでした。

妻のような志とか、最初から農家になりたいって気持ちは特になかったですね。

未経験から始めた農業

(夫)当時、農業をしっかりやっていても、生活が苦しいっていう人も多かったです。だから、僕みたいな若い世代が入ることで、何かいいきっかけにならないかなと思っていて。2013年に始めたときは、アーティチョークとかのイタリア野菜を育てていました。ニンジンとか玉ねぎとか、ベテラン農家さんがやるようなものじゃなくて、変わった野菜を強みにしたかった。

イタリアの種を取り寄せて、見たこともない野菜を独学で育てて、シェフに持っていってフィードバックをもらっていました。

(妻)「オーガニックでやる」ってのは、話し合うまでもなく二人で一致していましたね。

独学で学んだ畑仕事

*畑は独学だったんですか?

(夫)講演会に行ったりはしたんですけど、農家さんについて研修とかはしてないです。最初は道具も何も持ってなかったので、鎌を2人で買って、1反くらい草を刈るところから始めました。(笑)

(妻)川辺の高田に来たのは、子どもが小学校に上がるタイミングです。それまでは松元っていうお茶の産地にいて、中山間地で小さな畑が点在していてやりづらかったんです。それで広い場所を探し始めて、今の高田にたどり着きました。高田とういうこぢんまりした集落も、築100年の今の家も一目惚れで。30年くらい空き家だったんですけど、管理されていて建具とか梁とかも立派で。壁塗ったり棚つけたり、自分たちでリノベした部分もあります

旅の途中の「NONOTABI」

(妻)この高田っていう集落でオーガニックの農法を行っているのは、うちだけなんです。うちの息子が“旅人(たびと)”って名前なんですけど、やっぱり旅っていいなと思っていて。で、「野の旅」って言葉を見つけて、野で暮らし、山で過ごすっていう意味があるそうなんですけど。響きもいいなと思って「NONOTABI」って名付けました。

暮らしを優先する農業

*農家さんにとって、土や地域を変えるのってかなり大きなことですよね?

ほんとにゼロに戻った感じです。川辺は盆地なので、夏はめちゃくちゃ暑くて湿気がすごくて、冬は寒い。(夫)草も元気だし種類も違うので、管理は前より大変。でも、今の畑の方が自由度はあります。今まで通りにやろうと思ったけど、土の状態があまり良くなくて。今でやっと3年目、ようやく土づくりが実を結んできたかなという感じです。

前は80品目くらいの野菜を作っていたんですけど、今は5品目くらいに絞っています。お金のために育てているのは、にんじん・かぼちゃ・オクラくらい。売り方も直売からJAのトラック便に変えて、単価が安いので量で勝負しています。なにより、自分たちの時間を作りたかったので販売方法を改めました。

歳をとって続けられなくなる前に、直売とかのスタイルは早めに見直そうと思いました。データを毎年取っていても、もう自然の変化に追いつかなくなってきている感じがするので、とらわれすぎずにやっていこうって。

バイトと農家の兼業

(夫)農業は自分たちがやりたいことだから、楽しくやれる形で続けたいです。今は農業と、ポップアップでタコス屋、洋服のリペア、それにバイトもしています。妻も外で働いています。農業だけで食べていこうとすると苦しかったけど、他でやりたいことを補って、生活できて、自分たちが幸せだったらそれでいいかなって。タコスでは野菜を仕入れる側にもなるから、料理人の気持ちがわかるし、バイトでは「雇われてお金をもらう」ありがたさを感じます。今の若い人たちも副業OKっていう流れになってるし、田舎で自分たちができることで、楽しく暮らせればいいなって。年に1回海外と国内旅行に行けたら、それでもう十分。経済的には多くを望まず、健康でいられたらいいかなと。

農家って、気象・生物・機械・地域・政治、全部関わってくるし、すごくクリエイティブな仕事。だからこそ飽きない部分もある。自然と向き合う分、よりいっそうそんな気がします。

専業の農家さんからしたら「ちゃんとやれてない農家」って見られちゃうかもだけど、自分たちとしては今のやり方が合ってるんじゃないかなと。

知恵を繋ぐ、景色を保つ

(妻)こっちに来て「農業もうやめた方がいいのかな」って思った瞬間もありました。気候に振り回されて、農業だけでやっていけるのか悩んだことも。他で仕事するのが“負け”みたいに思っていた時期もあったけど、今はもう何でも挑戦しています。ここのコミュニティに来て、周りの人が持ち上げてくれていて。みんなそれぞれ、ここでできることを一生懸命やっていて、「私たちもやれるかも」って思わせてもらえたんです。

(夫)田んぼもこれからどんどん空いていく中で、「高田自然農法水稲部」っていうのを始めました。今まで10年くらい自然農法でお米作ってきたけど、お米づくりってよくある「体験だけ」で終わるのはもったいないなと思っていて。田植え体験や稲刈り体験だけじゃなくて、苗づくりから間の管理も含め最後までそれぞれが管理する田んぼを決めて、その田んぼのお米は管理した人のお米になる。種もみや土は僕たちが用意して、技術や機械も一緒に使ってやっていく。そうやって遊休農地がまた使われるようになったらいいなと。知識や技術って、お金を取るようなもんじゃないと思っているので、知っていることは全て伝えています。みなさん積極的なので僕も知らなかったこととか気にしていなかった事とかも調べてくれたりで逆に勉強になってます。

地域に暮らす「感謝のかたち」

(夫)農家が地域に貢献するって、生活していく上で大事だと思うんです。外で働いている人たちは、地域のことに参加したくても難しい。でも僕らは、農業させてもらっている以上、集落の作業にも積極的に出ていきたいし、それが結果的に自分たちの暮らしやすさにもつながる。

(妻)息子の顔を地域の人たちが知ってくれて、見守ってくれるのはすごくありがたいです。これからも行動で感謝を伝えていきたい。移住してきて、自分たちの理想ばかり押し付けると、地域とはうまくいかなくて。自分たちのこだわりも大事だけど、それ以上に「郷に入っては郷に従え」の精神というか、謙虚さが大切なんだと思います。

「仕事」と「勤め」、その価値観

*「仕事と務め」の価値観があるじゃないですか。務めを大事にしている上の先輩方や皆さんがいて、でも務めには参加しない地域の方もいますよね。

(妻)今の時代って、資本主義というか、お金がすべて、みたいな流れがありますよね。お金さえあれば、もう地域の“務め”に出なくても村八分みたいなこともないし生きていける。現実として、物価はどんどん上がっているのに、賃金は上がらないし、本当に毎日をまわすので精一杯な人も多いと思います。

地元にずっと住んでいる同世代の中にも、すごく熱心に地域のことに関わっている人もいます。一方で、もともと高田出身で今は別の町にいる人から、「移住してきた私たちが地域に貢献してくれてありがたい」と言ってもらえることもあって。そういう声を聞くと、やっぱりやっていてよかったなって思います。

交配種もなんでも美味しさが一番。

*お二人のフットワークの軽さがいいですね。

(夫)普通は「農業一本で食べていくには、どう収益構造をつくろうか」って考えると思うんです。でも、今は「他の仕事もしながらでいいじゃん」っていう気持ちでいられるので、気が楽なんですよね。

野菜についても、うちはF1(交配種)も全然使いますし、在来種とか固定種にそこまで強いこだわりはないです。やっぱり、美味しい方がいいですし。

もちろん将来的なことを考えたら、固定種で種を自家採取していくのが理想かもしれない。でも、あんまり拘りすぎるとストレスになったり思想とかも強くなったりで……ちょっとスピリチュアルっぽい空気が苦手で。自分たちの暮らしに合った心にゆとりを持てる心地良いやり方で農業が続けていければいいかなって思っています。

地域の人が集まる場づくりを

*これからやってみたいことはありますか?

(夫)やりたいこと、いろいろありますね。まずはタコスをもっとやりたい。タコスそのものが面白いっていうより、来てくれた人が「おいしい!」って言ってくれたり、そこで人の優しさに触れられるのが、すごく嬉しいんですよね。

田舎だから人も少ないけど、だからこそ来てくれる人の顔もよく知ってて。そういう関係性のなかでやれるのが心地いいです。あとは、畑ではイタリア野菜や多品目にまたチャレンジしたいなと思ってます。タコスで使えるような色々な唐辛子なんかも、自分たちで育てたいですね。

まだ諦めた訳ではないですけど、移住する前は、ビールをつくりたいなと思ってホップを育ててたこともあったんですよ。

(妻)人がふらっと集まれるような場所をつくりたいですね。うちの裏の空き地に、小さな小屋を建てて、そこを拠点にして。野菜があるときは直売所もやりたいし、タコスも出せたらいいなって。

前は高田にそば屋さんがあって、そこに行けば誰かに会える、ちょっとしたコミュニティスペースだったんです。でもそこがなくなってしまって。今はそういう場所がないので、老若男女問わず集まれる、気軽に立ち寄れる場をまたつくりたいです。

時代の流れにとらわれず、気候変動にも軽やかに適応していく。そして、中心には、家族の幸せと、地域の中での一員としてあること。私たち日本人が長年大切にしてきた当たり前のことを、丁寧に営む坂本さんご夫妻を見ていると、忘れかけていた大切なことを思い出させてくれた気がした。

 

写真・取材記事 :SHOGO

モデル業の傍ら自身でも農地を借り、時間が許す限り作物を育て、収穫し、食す。農家見習い兼モデル。
IG https://www.instagram.com/shogo_velbed/