みさき農園

FRIENDSHIP FARM #9
みさき農園 / 宮崎県田野町

1800年代から今も変わらずフランスを拠点に、農家のための長靴を生産し続けている「AIGLE」が”SOIL=TOI”(土とあなた)という理念のもと、国内の“土”と共に生きる様々なスタイルをもった農家の方々を紹介します。大地と共に生きる、地球人として自然と共生する、そんな大きなテーマを考えるときのヒントやきっかけがそこにはあります。

宮崎県・田野町。
ここは“大根やぐら”で知られる、農業の盛んな土地です。そんな歴史ある地域で、代々続いてきた一軒の農家が、継承の途絶に直面していました。しかしその時、都会で飲食の仕事に携わっていた孫の海咲さんが、曾祖父の最期の瞬間に枕元で思わず口にした「私が継ぐから!」の一言。
その言葉をきっかけに、海咲さんは農業を一から学び、周囲の反対を受けながらも慣行農業から有機農業へと転換。さらに、自ら育てた新鮮な野菜を味わえるカフェを母とともにオープンしました。
今回は、そんな宮崎県田野町で五代目として新たな挑戦を続ける長崎海咲さんとご家族にお話を伺いました。

「絶対農家にはならない」──20代での大転換

母の実家は代々農家で、母が四代目。そんな環境で育った私は、高校生の頃、「絶対に農家にはならない」と思っていたんです。大変そうだし土まみれになるし、それよりもエステティシャンや保育士などに憧れ、卒業後は接客業のアルバイトをしていました。

私の家族はやりたいことをなんでも尊重してくれましたし、田野町という地域にはいまだに物々交換が頻繁に行われていて、包み込んでくれるような温かさがあります。そうした温かい交流が好きでしたし、家族と過ごす時間が何より幸せでした。

街の世界が魅力的に思い、社会人になってからは宮崎市内で接客業のお仕事をしていました。外では八方美人で気疲れすることも多かったのですが、田野町に戻ってくると自然体の自分でいられると改めて感じ、「一生ここにいたい」と思うようになりました。

そんな時、曾祖父が亡くなったんです。私は職場にいたのですが、実家からおじいちゃんが危ないかもと連絡があり、急いで帰って、なんとか息を引き取る前に会えたのですが、その時に、「おじいちゃん大丈夫だよ!私が農業継ぐから安心して!」と自分も思ってもみなかった一言を言ってしまったんです。ずっと、後継者問題がうちにもあって、誰が継ぐんだと親戚中で話していたのを知っていたので、つい。。親戚や家族からは「言ったなー!」と茶化されましたし、これで私も引けなくなりました。(笑)

その後もしばらくはお店で働いていたのですが、知人から吉田松陰の本をもらい、そこに書かれていた、「人生は農業のように、春に種をまき、秋に収穫し、冬に喜びを分かち合う。そしてまた翌年も種をまいていく」という言葉に心を打たれ、「私も人の心に種をまけるような仕事をしたい!」と思い、それをきっかけに実家に戻り農業を手伝うようになりました。

農家レストランと有機農業への道

代々繋がれてきた専業農家なので、大量に生産した野菜をJAや市場に卸す形だったのですが、お小遣い稼ぎで直売所で販売していたら、「あんたの野菜美味しかったよ!」とか、「あの野菜どうやって食べるの?」などとお客さんからの反応がとても嬉しくて、「もっとお客さんと近い距離で農業がしたい」と思うようになりました。

そんな時に、母が「農家レストランをやりたい」と言い出しました。

そのため、野菜ソムリエの資格を取り、フードビジネスコーディネーターの勉強をして食に関する知識を深めました。それと、農法に関して基本的に学ばないとと感じていたので、関西にある農業学校に入学し、週末は農業学校、平日は八百屋さんのバイトと、野菜漬けの日々を過ごしました。あの頃は本当に楽しかったです。笑

宮崎に戻ったタイミングで、今の夫と出会いました。夫は美容師で、美容室を建てていたのですが、その横に小さな小屋も建てていて「何を建ててるんですか?」と尋ねると、「遊び小屋だよ」と(笑)。お店を探していた私はすかさず「農家レストランをやりたいんですけど、ここ貸してもらえませんか?」とお願いたところ、快く貸してくれることになりました。

カフェは、半年でオープンすることになり、それと並行して畑を有機農法に切り替えました。今は年間約60品目を少量多品目で栽培していますが、有機農法でやっている人が周りにいないので手探り状態で。8年経って最近ようやくスタートラインに立てた気がしています。

カフェのコンセプトは、農業学校の講師だった京都大学の西村和雄先生に教わった「土から口まで」。自分たちで土から育てた野菜や料理をお客様に届けし、「美味しい」と言ってもらえるのが何よりの喜びです。

今は、野菜セットと直売所での野菜の販売、それに栽培した野菜をカフェで提供しています。注文が入ればオードブルや、季節によって空港でのお弁当販売なども行っています。

料理は母、私は野菜作りを担当しています。

ーかなり多忙だと思いますが、1週間の生活スケジュールはどのような感じなんですか?

月〜水曜は畑作業、木〜日曜はお店の営業。木〜日は朝6時から収穫と選別、洗いを行い、10時までに野菜セットを完成させてカフェに出勤します。

雨の日や月1の休業日は家族との時間を優先。娘がもうすぐ5歳になるので、一緒に過ごす時間も大切にしています。

野菜の販売にも力を入れたいのですが、人手不足が課題で。農業は一人でやるほうが気楽な面もあるので難しいところですね。とはいえ女手一つでの作業は大変で、機械操作や力仕事には苦労もあります。

ば様(ばさま)と呼んでいるのですが、祖母(84歳)の存在が本当に大きな支えで。畑での作業から娘の送り迎えまで手伝ってくれています。ば様がいなくなったらちょっとやばいかな。趣味感覚で楽しそうにやってくれるので、本当に助かっています。

「海咲ちゃんの野菜、美味しい」──その一言でまた、種をまこうと思えるんです

ー農家さんってなかなか誰が食べてくれて、どんな反応なのかが分かりづらいじゃないですか。それでいうと、直売したり、カフェがあることでお客さんの顔が見えるのは、嬉しいポイントですよね。

そうですね。有機農法で少量多品目なので失敗も多いですが、「海咲ちゃんの野菜、美味しい」と言ってもらえると、また種をまこうと思える。天候の影響もありますし、獣害も深刻で、イノシシ、猿、タヌキ、カラス……。特に猿の被害はすごいので、猿が来ないギリギリの畑で栽培したり、畑に泊まり込んだこともあります(笑)。予約販売している分、被害が出た際は真摯に謝るしかありません。

もともとは慣行農法だったため、無農薬や有機栽培への転換は家族からも反対されました。周囲の理解も得にくかったですが、今では収穫も安定し、少しずつ認めてもらえるようになりました。

田野町はキュウリやタバコ農家が多く、干し大根は特産で日本一の生産量。農業遺産にも認定されている干し大根の「やぐら」も有名です。鰐塚山から吹く風が大根をよく乾かし、12〜2月にかけて大量出荷されます。今は、タバコ栽培の時期ですね。

ー今後のビジョンはありますか?

根本的なところですが、もっと美味しい野菜を作っていきたいです。ようやくこの土地の気候風土や栽培方法が見えてきたので、これから品質を高めていきたいです。

ここ数年で宮崎市も有機農業に力を入れ始めて、有機農業の会のようなものができたんです。私も所属していて、それも広めたくて。補助金も整ってきたので、環境に配慮した農業が広がる可能性もあります。気候変動の影響もすごく実感していて、だからこそ、地球に優しく、かつ収量、収益を上げられる農業を目指していきたいと思っています。

一緒にやれるのは楽しいですね。毎日が波乱万丈です。(笑)

ーお母さんにも色々お聞きしたいのですが、一緒に切り盛りする娘さんとの関係はいかがですか?(笑)

母:もう、喧嘩ばっかりですね(笑)。お互い遠慮がないので。娘はこだわりが強くて、全部自分でやりたがるんです。

ー農家レストランはどうしてやりたいと思われたのですか?

母:ちょうど子どもたちが大学だったり海咲も仕事で外に出ていて、主人も単身赴任で、私1人の時があったんです。誰もいないし友達を呼んで家飲みしようとなって料理を振る舞ったら、みんなが「料理も野菜も本当に美味しい!」って想像以上に喜んで食べてくれて、調子に乗ってお店しようかなみたいな感じで。(笑) そこからお店の構想を考えるようになって、海咲が仕事を辞めようとしていたタイミングで、「じゃあ一緒にやろっか。」ということになりました。

私自身、農業は好きなのですが、干し大根もタバコ栽培もとても大変で、専業農家としては体力が持たなくなってきて。なので、農業はもう私の代で終わらせてもいいよと子ども達には伝えていて、無理に継がせるつもりはなかったのですが、ある時海咲がやりたいと言ってくれて。海咲は、農業に対してとても真剣に取り組んでくれています。昔から農作業を手伝わせると人一倍一生懸命やってくれていたのを思い出しました。何に対しても頑張り屋さんなんですよね。
小さい頃から海咲は人を喜ばせるのが好きな子でした。野菜作りは想定外だったかもしれませんが、成長を見守るのが楽しいようです。子育てにも似ていますね。


今は、カフェで提供するメニューは私が考え、使いたい野菜を海咲が伝え、毎週相談しています。一緒にやれるのは楽しいですね。家族だからこそ気兼ねなく言い合えるので、毎日が波瀾万丈です(笑)。それに、ば様とも畑でよく漫才してますよ。(笑)海咲もこだわりが強いので、「ば様それしたらいかんちゅったやろー!」って怒ったり、ば様もしれーっとして「せっかくしてやっちょっと。もう知らん!」とか言いながら、また手伝いだすんですよ。(笑) いっつもそんな感じです。微笑ましいですけどね。海咲も、ば様も私も、細かいところで意見が合わないことはあっても、「人に喜んでもらいたい」という想いは一緒なんです。

昨今、日本中で危惧される農家の継承問題。そんな問題も解像度を上げて覗いてみると、それぞれに到底一言では表しきれないストーリーがある。家族を思い懸命に畑と向き合う海咲さん、悪戦苦闘する可愛い孫娘を手伝いながら支えるおばあさんと、娘をバックアップしながら料理担当として一緒にカフェを運営するお母さん。そんな、パワフルな女性たちの三代にわたる温かく、そして周囲を笑顔にしてしまう物語がそこにはあった。

写真・取材記事 :SHOGO

モデル業の傍ら自身でも農地を借り、時間が許す限り作物を育て、収穫し、食す。農家見習い兼モデル。
Instagram: https://www.instagram.com/shogo_velbed/