池田農園

FRIENDSHIP FARM #8
池田農園 / 熊本県八代市

1800年代から今も変わらずフランスを拠点に、農家のための長靴を生産し続けている「AIGLE」が”SOIL=TOI”(土とあなた)という理念のもと、国内の“土”と共に生きる様々なスタイルをもった農家の方々を紹介します。大地と共に生きる、地球人として自然と共生する、そんな大きなテーマを考えるときのヒントやきっかけがそこにはあります。

『トマト嫌いの妻とトマトを作る』

トマト生産“冬のトマト生産量日本一“の熊本県八代市 。
なかでも《塩トマト》が有名な水島町で5代続くトマト農家を営む30代前半の池田将宏さん、愛美さんご夫婦。家族や周りの批判を押し切って、1億借金をして最先端のスマート農業を取り入れオランダ式の次世代型ハウスで土を使わない養液栽培にも取り組んでいる。今では、地域で一番の出荷量に。背景には、農家で苦労をしている親を見て育ったからこそ、自分の子どもや次の世代に残せる農業の形を模索しながら奮闘する姿があった。トマト嫌いの明るい奥さんがいるからこそ生まれた「嫁がうまいという日まで」という名のトマトを出荷している。独自の形で、家業を継承した池田さん夫妻にこれまでとこれからの話を聞いてきた。

1億円をかけて家業を継ぎました

このあたりは、冬のトマトの生産量が日本一なんです。
僕が5代目で、もともとは畳に使われる「いぐさ」を作っていたんです。創業からはもう100年。家族でも農業の話はよく出ていました。この熊本県八代市では、何がよく採れて、どんな土地柄かというのも、小さい頃から自然と耳にしていました。昔は畳の需要もすごかったんですが、今は減っていますね。八代は日本一のいぐさの産地だったんですよ。けれど中国などで安価に大量生産されるようになり、地元のいぐさ農家は一斉にトマトに転換。そこから八代は“トマト日本一”の地位を築きました。

(すごいですね。なんで地域全体でトマトにシフトしたんですか?)

「やろうぜ!」って感じだったんじゃないですかね(笑)。僕の祖父、つまり3代目の頃にうちもトマト農家になりました。八代では、夏は暑すぎてトマトが育たないので、メロンとセットで栽培するのが定番なんです。僕たちも最初はトマトとメロンの両方をやっていました。夏はトマト農家はお休み。8月のお盆ごろに苗を植え、10月上旬から収穫開始。翌年6月いっぱいまで続きます。収穫が終わるとハウスを片付けてひと段落。だから7月は家族旅行に行く農家が多いんです。この地域では、平日でも学校を休んで旅行に行くのは当たり前(笑)。“今しかない”が通用するんですよ。

僕は22歳で就農して、今年で11年目ですね。でもこれでも遅い方で、高校卒業後すぐに農業を始める人も多いです。

(農家の5代目として生まれて、すぐに継ごうとは思わなかったんですか?)

ずっと農家にはなりたくないと思っていました。家族の仕事を見て「汚い、きつい、臭い」と思っていたし。でも特に夢もなくて、普通科の高校に進んで、大学を目指してたけど、最終的にはアパレル系の専門学校へ。卒業後は1年間だけアパレルで働きました。そのころから「親の力になりたい」と思うようになって、戻ってくるなら農業を継ごうと。21歳のときに農業の学校へ進学しました。

滋賀県にあるタキイ研究農場附属園芸専門学校っていう、種苗会社が運営している全国でも最も厳しいと言われている農業学校です。携帯禁止・男子寮で共同生活。東京ドーム13個分の敷地を1年間耕すんです(笑)。

(なぜその学校を選んだんですか?)

21歳で「農家やる」って言ったら、父に「絶対させない」って言われたんです。代々続いてるからこそ甘く見られたくないって。そのとき父が「この学校に行ってきたら継がせる」と。訳もわからず面接を受けて合格。たぶん八代のトマト農家の子どもってことも大きかったのかな(笑)。そこでどっぷり農業に浸かって、好きになりました。農業に熱い仲間たちと生活するうちに、自然と好きになりましたね。

帰ってきてから4年後、26歳のときに、土耕栽培のハウスが台風で全壊しました。そのとき、いつかやりたかった新しいハウスの話を父にしたら、「1円も出さんけど、やりたいならやれ」と。そこで1億円借りて建てたんです。

(そのとき、どんな気持ちでしたか?)

僕、かなりのめんどくさがりで、やるしかない状況にならないと動かないタイプなんです(笑)。だから22歳で就農してから4年間は、正直ダラダラしてました。元気な親の下で、指示されたことをこなすだけで。だから変わりたかったし、1億借金すれば、やるしかなくなる(笑)。もちろん、借りられたのも家族の歴史があってこそ。そこに感謝しています。今は順調に返済も進んでいます。

スマート農業の先駆け

ここは“塩トマト”ができる土地で、もともとは干拓地。海を埋め立てた土地です。以前は塩トマトを作っていましたが、今は全く逆の栽培方法を試しています。近所の人には「何してんの?」って言われますが(笑)、誰もやっていない栽培に挑戦しています。

今の方法は、学校で少しかじった程度。そこからは勉強会やセミナーに通い、あとは独学です。ハウスの形はオランダ式で、中の装置は“溶液隔離土法”。オランダで主流のスマート農業です。

ハウスは縦の空間を最大限に活かして、すべての葉っぱに光を当て、光合成を最大化。収量を劇的に増やす仕組みです。水やりや温度調整もすべてコンピューター管理。日射に応じて水を自動で供給し、肥料も液体で混ぜて流します。

この仕組みを7年前に導入しました。当時は農家の間でも知られておらず、まさに“スマート農業”の先駆けです。

「次の世代に残せるやり方でやる」

まず収穫量。普通の農家の2倍は採れます。肥料も自作していて、マグネシウム、カリウム、窒素などをオリジナルブレンド。味もコントロールできます。甘さやうま味も自由自在。農業って、科学なんですよ。

今までの農家は感覚頼りで、言語化されていない知見が多かった。でもそれは継承しにくいんです。「見て学べ」では、農業が衰退してしまう。だからこそ、誰でも学べて再現可能な農業を目指しています。自分の子どもが農業をやりたいと言ったとき、すぐに始められる環境を作っておきたい。

(その志、すばらしいですね。)

農業をやると決めたときから、「次の世代に残せるやり方でやる」と決めていました。僕は農業が嫌いだったからこそ、いろんなやり方があっていい。1人でも農業を始める人が増えれば嬉しい。

ハウスが珍しいので、始めた当初は嫌がらせもされました。でも3年目くらいから認められ、今では見学者も増え、同じ方法でやりたい人も出てきています。地元の学校や保育園と連携した“食育活動”にも力を入れていて、子どもたちに農業の現場を見せています。

(商品名もパンチ効いてますよね。)

「嫁がうまいと言う日まで」って名付けました(笑)。うちの妻は今でもトマト嫌いなんです。最初は親に隠してましたけど、結婚後に打ち明けました。青臭さが嫌いみたいで、「旨味を強くして」「皮は薄めで」など、めちゃくちゃ細かいリクエストがくるんですよ(笑)。でもこの人が「うまい」と言えば最強の証明。だから、ずっと「まずい」って言っててほしい(笑)。常に改善するきっかけになるから。実際、うちのトマトしか食べられなくなったというトマト嫌いの人も増えています。

日曜日は休みます。大切なのは家族との時間です。

楽しく農業は大事にしてます。楽しくないと全部うまくいかない気がするんです。妻も楽しさを大事にする人なので、たまに収穫してると、いきなりパプリカが出てきて、またやったなと。(笑)パプリカの苗をひっそり植えた妻のいたずらです。

一緒にイベントも企画します。毎年“トマト狩り”イベントを開催して、地域の人と盛り上がれる場を作っています。

(SNSの発信や、トマトの名前などからご家族をすごく大切にしてるのが伝わってきます。)

家族は大好きです。だから日曜は絶対に休みます。農家=休みなし、のイメージがありますが、僕はその真逆。小さい頃、家族で出かけることがなかったので、今は自分の子どもにそういう思いをさせたくない。無理してでも休むようにしています。

いずれは親も楽にさせたい。体への負担が違いますから。昔ながらの農業は、腰を曲げて泥だらけ。でも今のハウスは泥だらけにならずに作業できるし、椅子にも座れる。“本当にスマート農業”なんです。

(東京にいると、オーガニックや“自然派”の声が目立ちますが、スマート農業も大事だと思います。)

農業は生きるための仕事。儲からなければ続けられません。だから、海外の労働者も積極的に受け入れ、規模を拡大しています。理想だけでは成り立たない。スマート農業というシステムがあるからこそ、日曜に休めるし、いずれは僕がいなくても回る体制にしたい。それが次の世代にもつながる農業だと信じています。

農業の歴史のある土地で、先駆けでスマート農業を推し進めることは、並大抵の苦労ではなかったと容易に想像できる。そんな苦労も、お二人の明るさやチャーミングな人柄で飄々とやってのけてきたんだろうなと不思議なパワーを感じた。本当に家族や地域を考えて導き出したスマート農業のお話は、とても説得力のあるものだった。いつもは、ピンクやグリーンなどさまざまな髪色をされている奥様は、取材時は髪の休息期間。見ていて、温かい気持ちになる池田農園のインスタグラムも是非チェックしてみて欲しい。

 

プロフィール
池田農園(熊本県八代市)

冬のトマト生産量日本一を誇る熊本県八代市、その中でも《塩トマト》の名産地として知られる代にわたり農業を営む若きトマト農家。「次の世代が継ぎたくなる農業を」をモットーに、1億円の借金を背負ってスマート農業を導入。

オランダ式の次世代型ハウスを活用し、土を使わない養液栽培「溶液隔離土法」を実践。肥料・水やり・温度管理はすべてコンピュータ制御。導入当初は近隣からの反発や冷ややかな目もあったが、今では地域トップクラスの出荷量を誇るまでに。

「農業が嫌いだった」幼少期の経験から、「親を楽にさせたい」「子どもに継がせたいと思われる農業を」と、農業の新しいスタイルを模索中。家族との時間を大切にし、日曜日は必ず休む。身体的負担の少ない働き方も追求している。

妻は筋金入りのトマト嫌い。その舌を満足させることをゴールに開発されたミニトマトの名前は、《嫁がうまいと言う日まで》。酸味・青臭さを抑えた“うま味重視”の味わいで、「これしか食べられない」というトマト嫌いのファンも多数。

「科学的に再現可能な農業」「ゼロからでも始められる農業」を軸に、地元の学校や保育園と連携した食育活動も展開中。農業を諦める人を一人でも減らしたいと、見学や相談も広く受け入れている。

https://www.instagram.com/ikeda_farm2021/

https://www.instagram.com/tomatogirai.no.tmatonouka/

 

写真・取材記事 :SHOGO

モデル業の傍ら自身でも農地を借り、時間が許す限り作物を育て、収穫し、食す。農家見習い兼モデル。
IG https://www.instagram.com/shogo_velbed/