阿蘇さとう農園

FRIENDSHIP FARM #10
阿蘇さとう農園 / 熊本県阿蘇市

1800年代から今も変わらずフランスを拠点に、農家のための長靴を生産し続けている「AIGLE」が”SOIL=TOI”(土とあなた)という理念のもと、国内の“土”と共に生きる様々なスタイルをもった農家の方々を紹介します。大地と共に生きる、地球人として自然と共生する、そんな大きなテーマを考えるときのヒントやきっかけがそこにはあります。

九州を代表する観光地のひとつ、阿蘇。
その雄大な山々を前にすると、ここが本当に日本なのかと錯覚してしまうほどだ。

だが、この壮大な景観は、実は千年ものあいだ続いてきた人々の営みによって形づくられてきた。
農、畜産、そして野焼き。自然と共に生きる暮らしの積み重ねが、いまの阿蘇の姿をつくり上げている。

阿蘇さとう農園の佐藤智香さんは、そんな長い歴史を次の世代へと繋ぐために、新しいかたちの農や畜産に挑戦している一人だ。
観光という表の顔だけでは見えてこない、この土地に生きる人々の物語を可愛らしい羊たちに囲まれながら、ゆっくりと聞かせてもらった。

── 新規就農は、いつ頃からだったんですか?

2014年からです。実家は阿蘇で、祖父母が農業をしていました。ただ、父は会社勤めの兼業農家で、本格的にはやっていなかったので、私自身も家業を継ぐつもりはありませんでした。大学を卒業して大阪で就職していたんですが、ちょうどその頃に東日本大震災があって。さらに阿蘇でも豪雨災害が起きて、地域の暮らしや生業が改めて見直されていく流れがありました。自分自身も、農業というものに対する関心が少しずつ芽生えてきたんです。

父は私が就職する前に他界していて、家業を継ぐ人もいなくなっていました。それなら、自分がやってみてもいいかもしれない。そんな軽い気持ちから、県の農業研修制度を使って1年間研修し、就農に至りました。

阿蘇らしい仕事 私なりの答え

── 阿蘇でやろうと決めていたんですか?

やるなら阿蘇で、阿蘇らしい仕事がしたいと思っていました。研修先は、家から通える範囲に2軒あったんですが、そのうちの1軒が有機農業をされていて、奥さんがレストランも運営されていたんです。6次産業的な取り組みに惹かれて、「面白そうだな」と思って、そこに通いました。

「阿蘇さとう農園」という屋号も、そのタイミングで自分で名付けました。祖父の代からある土地や、使える機械などを活用しながら、新しいかたちでスタートしました。

就農当初は少量多品目で、有機栽培が中心でした。高菜などを栽培して、漬物などの加工品にして販売しようと思っていたんですが……最初の2、3年はまったくうまくいかず、売上も立たず、苦しい時期が続きました。

2年目に熊本地震があり、自分の中でも「何か形に残ることをやらなければ」と強く思うようになったんです。高菜の種を使って、マスタードづくりを始めました。材料は、高菜の種と米酢、塩だけ。シンプルなレシピです。

マスタードは、通常はからし菜の種を使うんですが、高菜の種は、一般にはあまり利用されていません。収穫期も短く、タイミングも難しい。けれど、保存がきくという利点もあり、加工に向いている面もあります。地域の人たちも、高菜には親しみがあって、特産品の「高菜めし」など、地域に根ざした食文化もあるので、高菜そのものに思い入れがある方も多いです。そうした背景もあり、手間がかかっても作り続けています。

新芽の収穫は、年に1度、わずか3日間ほどしかありません。その短期間で収穫できなかった葉や、使われない種をマスタードに加工するかたちです。農家さんには脱穀までお願いし、乾燥や選別などの工程は私たちで行っています。手間はかかりますが、適正な価格で買い取り、農家の負担を軽減しています。

── 羊も飼われているんですよね。

阿蘇では赤牛の放牧が主流ですが、赤牛は体が大きくて、失敗したときのリスクが大きい。軽トラで運べるくらいの家畜がいいと思い、当初はヤギを検討していました。それを近くの畜産農家の先輩に言ったら、「羊だろう、ヤギは草食べれないから」って言われて。(笑) 東海大学阿蘇キャンパスの羊を見に行きました。九州では珍しいんですが、近くの観光牧場から5頭を譲っていただき、そこからスタートして、今では約200頭まで増えました。

羊は、ウールの販売おこなっていますが、収益の柱は食肉です。ミートローフやジンギスカンセットなどに加工・販売していてとてもご好評いただいています。ただ、羊は牛と同じく胃が4つある構造で、反芻動物として草を食べてくれる一方で、家畜としての制度やサポートはまだ整っていません。日本が牛と豚と鶏しか、家畜とみなしてないというか、国が力を入れているのはその3つなんです。国の補助もないため、採算を取るのは簡単ではないんです。

縄文人から引き継がれた阿蘇の景色

── 放牧との関係も、深そうですね。

そうですね。阿蘇の草原は、毎年「野焼き」という火入れによって維持されています。野焼きは縄文時代からやっています。縄文人の方たちと実は同じ景色を今見てるんですね。

最初は火山活動で、全部焼けちゃって自然に野焼きされてたっていうのが始まりですけど、縄文人が考えたところ、その方が狩りがしやすいとか、獲物を見つけやすいとか生活良やすいメリットがあったので、野焼きを続けてきたんだろうなって思います。放置しておくと、ススキなどの草原植物が消えて、木が生えてきてしまう。そうなると、地下水が減ったり、生態系が変化したりと、さまざまな影響が出ます。でも野焼きは、かなり危険な作業です。火を扱う作業なので、毎年事故も発生していますし、高齢化もあって、人手不足が深刻です。そこで、羊に草を食べさせることで草丈を短く保ち、野焼きの負担を軽減できないかと考えました。羊が「防火帯」をつくっているようなかたちで、羊の放牧で草丈を管理し、「防火帯」としての役割を果たすことで、野焼きをより安全かつ効率的に行えるようにしています。野焼きは火をつけるためのラインをまず整備し、そこから一気に燃やしていきます。燃やしてはいけない場所には防火帯を切り、ボランティアの方々と一緒に水を背負って火を管理します。阿蘇全体で2万ヘクタールほどあるので、人手だけではとても足りません。だからこそ、羊によって補える部分があると考えています。阿蘇の草原では600種類以上の野草が確認されています。放牧によってススキなどが食べられると、下層の植物にも日が当たるようになり、多様性が保たれます。そうした生態系を守るためにも、放牧は有効な手段だと思っています。

現在は環境省・農水省・国交省が連携する「自然共生サイト」への申請も進めていて、実証実験も行っています。年間で1ヘクタールあたり5頭程度の羊を放牧し、餌やりや雨よけの設置などを行っています。羊はウールに油分があるので、ある程度の雨には耐性があります。今は放牧の「圧力」によってどのように植生が変化するかを調査していて、研究的な視点でもまとめています。

思いと利益を分け合いながら千年先へ

── なるほど。羊と野焼き、「阿蘇さとう農園」としての今後の目標はなんですか?

でも、地域的にも羊がまだ受け入れてもらってない状況なんです。阿蘇の農地や草原が空いていく中で、地域の方々が羊や農業に関われるような仕組みを整えていきたいと思っています。安心して飼えるルールが整えば、小規模でも畜産を始めやすくなるはずです。ホームページにも力を入れましたし、羊に関する200ページの本も出版したんです(笑)。

ただ、今は大手企業が阿蘇に進出し、農業を選ぶ若者は減っているのが現実です。だからこそ、「お金以外の魅力」をきちんと伝えていく必要があると感じています。

ただ、それと同時にビジネス的にもちゃんと成功する必要があると思っています。うちが売れれば農家さんから買い取ってあげられるし、若者もやりたいと思える仕事になる。そういう良い循環を両面から一つ一つ叶えていきたいです。

千年前から受け継がれてきた農業や畜産業によって受け継がれてきたこの景色を、ちゃんと千年後も続けていけるように、私たちのできることを全力でやっていきたいと思います。

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農、畜産、そして野焼き。千年ものあいだ受け継がれてきたこの一年のサイクルは、長い年月をかけて洗練されてきたものだと思う。ただ、洗礼されたからといって自然が相手だから楽になるわけではない。繋がれてきた阿蘇のあの景色、人々の営みにAIが入り込む隙間はほとんどないのかもしれない。いつだって野焼きは命懸けだ。千年後という壮大な先の未来をこれまで考えたことはなかったが、ルーツを知っている人たちにはきっと「繋ぐ」という言葉の本当の意味を知っているのだろう。

写真・取材記事 :SHOGO

モデル業の傍ら自身でも農地を借り、時間が許す限り作物を育て、収穫し、食す。農家見習い兼モデル。
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