僕は大学を卒業した後2年間、青年海外協力隊員として東アフリカのエチオピアの片田舎で暮らしました。
日本で便利なモノに囲まれて育った僕には何もかもが衝撃でした。
舗装されていない道路が当たり前。牛や馬、ロバ、鶏が歩き回り道には糞がたくさん。野菜や卵を買えるのは週2回開かれる市の時のみ。
<市にて、野菜の量り売り>
家に水道が1つあったものの基本的に週に2回しか水は出ないし、その2回すら出ないことがよくある。電気も通ってはいるけれどほとんどない。トイレは穴で夜は星がよく見える。夜家の中にロバや鶏を入れる、などなど。 <友人の実家にて>
はじめは面食らいましたが皆、その中で普通に暮らしているし、人間慣れるもので、むしろそんな環境での暮らしのペースが心地よくなっていました。
当時は「日本とは全く違う途上国」という印象を持っていましたが、農業を始めて地域の75歳を越えたおじちゃん達のお話を聞いていたらまさかのエチオピアと重なる話がたくさん!
50年前くらいまでは家で牛を飼っている家が多くあって土間に入れていたし、田んぼの畔の草は牛のためのものだった。
今みたいに家はたくさんないから開けてなかったし、アスファルトの道も少なくて薄暗い林の中を歩いていた。
家で火を起こすための枯葉や枝を拾いに行っていた(いわゆる柴刈り)。冬は山に籠って木を伐り炭焼きをしていた。
トイレはボットンで自分で桶に掬って畑にまいていた。地域の誰かが亡くなるとみんな仕事を休んで交代で火葬のための火の番をした。
子供はおなかが空いたら近くの家庭菜園のキュウリを勝手に採ってかじっていた、などなど。<薪で料理>
「あれ!?当時のエチオピアとほとんど変わらないじゃん!」と感動したのですが、意外にも身近にそんな暮らしをした人がいました。僕の父は70歳前半なのですが、長崎県の五島列島の生まれで、当時は電気水道もなかったし、父は小さい頃よく牛のお尻を叩きながら守をしていたそうです。そして村長さんが島で初めて車を買って乗ってきた時に驚いて藪の中に隠れたのだとか・・・(笑)
たった一世代前がどんな暮らしをしていたかすら知らずに生きてきて、エチオピアを日本とは全く違う途上国と捉えてしまった自分に衝撃でした。そしてこの70~80年くらいでとてつもない変化があっただけで、それ以前はずっと変わらずに人類が営んでいた暮らしに近いものをエチオピアでさせてもらったと、タイムスリップしたような感覚でいます。
農業を通して地域のご年配の方と仲良くなれたからそんなお話を聞けたし、1万年くらい前から人類が始めた農耕を仕事にすることで見える世界観はとても面白いです。これからも農業を通していろんな発見をしていきたいなと思っています!
